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奥羽軍談

奥羽地方を中心とした局地シナリオ。

1550年スタートの「天文の乱終えて」と1580年スタートの「出羽の驍将」、以上二編が公開されている。

全ての解説文が入力されている力作。視認性の高い城配置や、ゲーム性を考慮した勢力配分も特筆すべき点だろう。

シナリオデータ
シナリオ名 奥羽軍談
作者 播磨
ジャンル 戦国時代
現バージョン
最終更新 2006年2月22日
動作環境 SE◎ FE○ 旧×
天文の乱終えて
規模 日本全国
開始年月 1550年4月
大名家数 134
城数 278
武将数 922
出羽の驍将
規模 日本全国
開始年月 1580年4月
大名家数 135
城数 313
武将数 927

越後守護上杉氏の養子問題から起きた「天文の乱」は

南奥州諸侯を否応無く巻き込み5年もの間、吹き荒れた。

長く厳しいこの乱が終結した時には陸奥国守護・伊達家はもとより

伊達家に力を削がれていた奥州探題・大崎家も諸侯を纏める力を無くしていた。

そして頭立ち纏める者を無くした奥州にも乱世の足音が迫ってきた。

古来より「まつろわぬもの」と恐れられた陸奥を再び統べる者は現れるのだろうか?

(天文の乱終えてOPより)

織田信長の登場によって応仁の乱から始まった戦乱にも

終わりが見えつつ在る中で奥羽は其の最盛期を迎えつつあった。

羽州南部の最上地方は室町期に奥州探題大崎家一族の最上氏が任された。

しかし分割相続や長い時をへて宗家最上氏の掌握力は落ちていた。

戦国後期、最上当主となった義光は嘗ての勢威を取り戻すべく其の才知を光らせた。

最上八楯と呼ばれる一族・家臣の連合は天童氏を中心に反抗するが

義光は之を謀略で切り崩して配下にして行き最上地方統一の間近に迫った。

この最上氏幾代が成しえなかった事を僅か10数年で遂げつつある義光は

恐れ讃えられ何時しか「出羽の驍将」と云う異名で呼ばれるようになった。

出羽の驍将は果たして奥羽の驍将と成りえるのだろうか?

(出羽の驍将OPより)

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  • 奥羽軍談.1593647474.txt.gz
  • 最終更新: 2020/07/02 08:51
  • by 蛛賢