184年から200年までの中国大陸を舞台としたシナリオ。6シナリオが同梱されている。
後漢末期・・・・
この400年続いた漢王朝はもはや腐敗していた。首都・洛陽では幼少の皇帝が続き、外戚・宦官が互いに権力争いに明け暮れていた。金権政治が蔓延し、政治は混乱、飢饉が広まり民衆の怒りは頂点に達していた。
184年、ついに民衆は立ち上がり、漢王朝打倒を掲げ挙兵し、ついに黄巾の乱が勃発した。黄巾軍は張角を指導者に仰ぎ、青州・徐州・幽州・冀州・荊州・揚州・エン州・豫州の8州に広まり、賊徒は数十万に昇った。
「蒼天すでに死す 黄天立つべし 歳、甲子にあり 天下大吉ならん」のスローガンのもと各地の地方官庁を襲い、刺史・太守などを殺害、首都・洛陽に近い、豫州穎川も制圧され、反乱軍は1月もたたないうちに洛陽に迫った。
朝廷は霊帝の外戚・何進を大将軍に任じ、首都・洛陽を守護し、盧植に冀州・張角の討伐を、皇甫嵩と朱儁に豫州穎川の賊徒を討伐するように命じた。
これに、後に頭角を現す、曹操・孫堅・劉備・董卓・陶謙などが官軍として参戦した。 初め、官軍は数で圧倒する黄巾軍に連敗するものの、各地で黄巾軍を破り、途中で指導者の張角が病死したため、黄巾軍は崩壊、しだいに清浄化されていった。
しかし、黄巾の乱は収まったものの、各地では反乱が続発、幽州では張挙・張純が烏丸と結んで反乱、涼州では、韓遂・辺章らが、反旗を翻していた。常山では黒山賊が、黒山郡では黒山賊が、割拠していた。
首都・洛陽では、外戚・何進と宦官との勢力争いが続いていた。まだまだ混乱は続く・・・・・・
(OPより抜粋)
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